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司会: |
お席が二つ用意されました。
誰と誰のお席でしょうか?
一つはかだ知事、もう一つは、先程ちょっと、話が出ましたが、埼玉県といえば、もうおわかりですね。
お姉さまにかけつけて頂いております。
明堂さんにお願いしたいと思います。
どうぞ、よろしくお願い致します。
姉妹でね一つこの辺でね、トークショーをして頂こうという!もうすっかり滋賀県でも有名になられましたけど。、
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明堂:
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いえ
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司会:
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明堂じゅんこさん、嘉田さんのお姉さん、あごめんなさい、明堂すみこさんでいらっしゃいます。
それでは正面のお席で。
はい。それではよろしくお願い致します。きょうだいのトークショー!
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知事:
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どうも、恐れ入ります。これもここへ来るまで知らなかったんです。私たち。
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明堂:
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私も知らなかったんです。
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知事:
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どうも、恐れ入ります。これもここへ来るまで知らなかったんです。私たち。
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明堂:
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私も知らなかったんです。
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知事:
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で何を話すかも全然打ち合わせしてないんですが
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明堂:
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その通りです。ほほ
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知事:
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はい。じゃあまあ座らせてもらって。 |
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明堂:
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では、失礼致します。
ただいまご紹介してもらった埼玉県本庄市で市会議員させて頂いております明堂純子と申します。
皆さんには、本当にお世話になっております。(拍手)
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知事:
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えーと、ねえ、じゃあ |
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明堂:
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いきなり何を話せと言うんでしょうか?(笑)
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知事:
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私たちが政治に目覚めた時。
えっとね、私が小学校の3年か4年くらいでした。
うちの父が市会議員に出るって言って、純子さん覚えてる?
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明堂:
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ええ。
私は小学校でなくて中学1年生になった時でして、あのう、父はそれまでにも地域のこといろいろ、
家は農家なんですけれどもね、農家はほとんど母と、
あのー私のおじいちゃんとおばあちゃんというか祖父と祖母がやってまして、
父がなんだか若いときから家にいなくてですね、
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知事:
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青年団とか
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明堂:
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そうそうそうそう
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知事:
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毎日朝出て、
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明堂:
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ふらふらと、と言うか、何をしてんだか分からないんですが、
そのうちまあ、いろいろ地域の方にも推されたんだと思うんですが、
選挙に出るということで、あの、3期市会議員したんですが。
妹はですね、そのころ多分、選挙ってお祭りだって思ってたと思うんですね!
で、選挙が好きだって聞いて私、ギョッとしました。
何故かと言いますと、私も、選挙に48歳で、あそこに夫がいるんですが、
夫の反対を振り切りまして、1週間逃走して、あの(笑い)市会議員に出ました。
で4回しましたが、(笑い)(拍手)
でも夫は、いい人なんです。あの私を許してくれましたし、
最初の資金もね、ポンとくれたんです。嘉田よりは私はかかりませんが、やはりお金かかりますので。
それでね、そういう私は4回やりましたけれど、選挙自身が楽しいと思ったことは無いんです。
ただ夢中で必死でやるもんですから、さきの、あの統一の、合併選挙があったんですけどもね。
その時は何故かやっぱり1番とっちゃんたんですが、ま、1番の人が、市長になっちゃったんですね。
それで2番だった私が、ま、繰り上げじゃないんですよ、また新たな選挙なんですが、まあそういう事になったんです。
ところが妹を見てて、私すごく驚いたのは、選挙は楽しい。
それでもう少し喋らせてもらっちゃいますと、あの、選挙、正直家族は、みんな反対しました。
私もね、市議選とか県議選とか必要性なら、やれやれって言ったんですが、
何としても知事選って言うのは、見当が付かない。滋賀県中あなた、
回るのよって、で、先ず、体力、それからお金がどんだけ、
さっきもちょっとお金の話出ましたが、お金がどんだけかかるか、多分、分かってないだろうなって私、思った。
でやっぱり分かってなかったんですけど。でー最後、自公民が全部(相手方に)ついたってゆって聞いた時に、
そこにいるうちの夫、何て言ったと思います? 私にあの、「お前のとこの妹はな、泡沫候補だよ」って。
こう私に言い放ったんですね。私、その時はね、ちょっとカチッときたんです。
何故かって言うと、私は、彼女の純粋な思いは分かってました。
ただ、選挙は大変だし、自公民がついたらね、どうなるかってことは。
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知事:
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自公民が相手に・・・
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明堂:
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自公民が相手になっちゃってね、で、共産党さまと違う候補さんですよね。
でも、私は言ったんです。
世の中ね、もし全部妹に反対になっても、兄と話したんですけども、
「お兄さん、しょうがないよね
。勝っても負けても、ね、まあ、妹が出たんじゃあ、まあ私たちが応援しないわけにはいかないから。」
って言って、兄は、最初、この人は、あの、籤が悪かったですね。あの、選挙開きの時来たんです。
そしたら、どうなるかなってね、内心ね(笑)ほんとに心細い思いで、帰ってきたと思うんですよ。
私は、議会があったので、最終の方に入りました。
これは結構いい思いでしたね。
だんだん盛り上がってきて、最後はもういい調子で、当選まで見ちゃいましたんですが。
まあ、そういう感じがあって、何で、私もね、学者で、彼女もある意味では、順風満帆に行ってたと思います。
そこの所を、皆さん多分分かってらっしゃると思うんですが。
あの、私一つ、トークショー内で聞いてみたいなと言う事と、
あとですね、私は、さっき夫が言った「世の中、全部妹の敵になっても、兄弟は、身内ぐらいはね、
応援しなきゃしょうがないって思ったんですが、とんでもない!
私たちの応援なんか全然要らないぐらい滋賀県の皆さんが、こんなに嘉田を応援して下さってた。
ありがたいことです。
で、私は、実家で生まれ育った所で、父が選挙を戦った地盤で、なんか面白いですね。
私、保守系無所属で、あの、自治会がやってくれたんですよね。
もちろん、PTAの人達もやってくれるし、あの、親類縁者は、勿論ですね。
もうそういう選挙で、私、女性候補で、非常に珍しいんです。
で、彼女もそれは、そういう形で、例えば、どこの政党さんの、
正直言うと、多いのは、女性議員が多いのは、公明党さん、共産党さん、はっきり言って。
私のような選挙は、本庄市で初めて、近在でも初めてだったと思います。
今は、増えましたけれどもね。
まあ、あのう、一番順風満帆の彼女は、なんでそんなね、無謀だと。
先ずはね、首長さん、市長さんとかからやって、やればいいんじゃないの?
って思ったんですが、なんでかんでこれしかないって、思いこんだら、一念がすごいんですが。
ま、そのエキスのところを、ちょっと一言聞いてみたいと思うんですが、どう言っていいか。
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知事:
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思い込んだら一筋?
これはもう、いつも言っておりましたけれども、3つありました。
一つは、このまま財政難で行ったら、滋賀県はひっくり返る。
実は、えー、県の行財政レポートで、裏レポートという、「浦さん」という人が書いたバックの裏レポートなんです。
これは、元の知事が、葬り去ったんです。
その葬り去ったのを、いわば、床に落ちているのを拾って、そこに財政再建団体危ないと、
でも今の知事は、その事を表に出さない。これを見てしまったら、ほんとに大型公共事業このままやっていいの?
もうここは、大変な思い。それから、2つめは、やっぱり、びわ湖がほんとに心配になりました。
3つめは、子どもを産んで育てて、そして家族が、幸せに暮らす、
人間として当たり前なのに、その人間として当たり前の事が、今の時代出来ない。
これはやっぱり、政治が、間違っているんじゃないのかと思ってしまって。
その3つが、「もったいない」で結びついたんですね。
で、私、不思議な気持ちがありまして、これ、滋賀県中が、わたしの町、わたしの村という思いがあるんですね。
不遜ですよね、考えたら。54市町村、3,300自治会が有るんですけれども、
でも例えば、余呉町の川波って言ったら、ああ、あの、山があって、ここの所で、
そして余呉町の下の郷って言ったら、あの街道沿いのって言って、地名を聞いたら、どういう所でって分かる。
それくらい徹底して地域を歩かせていただいたから、だから、もうこの滋賀県をどうにかするには、私しかいないと、
思っちゃったんですよね。
それが、背景です。
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明堂:
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その思いこみは、あるいは錯覚だったかも知れないんだけれども、
その錯覚は、何で、なかなかね、そういう思いのある選挙出る人はいっぱいいるわけですよね。
でも必ず勝てるわけではないんですよ。そこが、何で勝てたかな?
って、そこのところは、皆さんが、鍵が分かっていらっしゃると思うんですが、
それについて、ちょっと聞いてみたくないですか?皆さん(笑)
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知事:
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ん、まあ
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明堂:
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えー、何で勝てたか。
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知事:
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えー、じゃあ、インタビューにいきましょうか?
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明堂:
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ハハ
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知事:
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はい、先ずですね、えー、あの、選挙のプロの、社民党の鎌田さんいかがでしょうか?
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鎌田:
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あのね、勝てたんはね、やっぱり嘉田さんの選挙運動のやり方がね、非常にね今までの常識に反してね、
非常に愚直で、知事選始まったらね、
大体その、1つの演説会場、10分くらいで済まして、あちこち回るのが普通なんですよ。
それをこの人はね、一晩で一箇所あるいは2箇所しかしなかったんですよね。
この常識はずれのところが良かったんですよね。
だからこの人にね、とことん自分の質問ぶつけたり、かださんの嘉田イズムを全身で吸収できてね、
だから、嘉田さんのお話を聞いた人が、単なる支持者にとどまらず、運動員になってしまったんですよ。
これがね、選挙の前半と後半で全然違いましたね。
だから、選挙運動のやり方が、まあ常識に反して、上手だったと言うことが、勝因だったと、私思っております。
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明堂:
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素晴らしいご意見ですね。私も参考にさせて頂きました。
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知事:
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はー、改めて・・・そうですか。これもみんなのマイペースで、やらせていただいたんですけれども。
誰かほかに又、えー、そうですね、コメントして下さる方は、おられるでしょうか?
えっと、女性軍で、どなたか。阿部さん、おられますか?
あれ、あーあーあー、はい、あのう、彦根でがんばって頂いている阿部さんどうでしょう?
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阿部:
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私は、今まで、あの、えー、いろいろの、こう、知事、いろいろの知事っておかしい。
党首に会ってるけど、本音が、みんなどこか違う。
で、普通の言葉で、で、えー、何て言うんかな、
ほんとに、一度話をすると、もう、目も、心も、なんかすごく、あの、言葉が全部生きてるっていうか、
そういう建前とか、そういうんで無い。もうその人の人間性みたいのが、そっくり出てる。
だから語れば語るほど、もう、目と目が合って喋ると、もうほんとに、
あのう、賛同出来るというか、もう、あの、そういうみんなを、とりこにしてしまうような魅力が、
今までの、あの、トップに立つ人には、一度もお目にかかったことが無かったから。
それが、あのう、一人一人がみんな、その実感があったんだと思います。(拍手)
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知事:
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はい。
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明堂:
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有り難うございます。
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知事:
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改めて、あ、重たいなーと、思いながら、えー、どうなんでしょうか?
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明堂:
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そうねえ。
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知事:
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はい。
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明堂:
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あのう、やっぱり、滋賀ショックって言葉がね、
あの後、出たと思うんですけれども、私もやはり、日本の政治風土が、変わりつつあるのかな。
その、嘉田がもし、知事になった、あなたが知事になったと言うね、
意義があるとすれば、その新しい政治の地平を見せてくれたのかなっていう風に、
私は、ちょっと思っておりまして。実は、あの、今年の5月27日にですね、
ま、いわゆる、変な話なんですけれども、郷里に錦を飾るという、また非常に昔風な言葉なんですが、
あの、なにしろ、彼女を呼んで、一回話ししたいわって、嘉田さんのお話聞きたいって言う人が、
私の周りにいっぱいいるんですね。で、嘉田の勿論小さいときから、高校までは、埼玉でしたので、
知ってる方もいらっしゃるんですけど、えーって、これじゃあ、嘉田の会しなきゃいかんかなと、思いまして。
じゃあちょっと、あなたやってみる?ということでね、来てもらったんですが。
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知事:
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あの、小学校、中学校、高校の同級生から先生から…
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明堂:
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すごかったです。
その動員力がね。もう、なんと言ったらいいんでしょうね。
だから皆さん、あの、喜んで下さってたですね。まあ、上はっていいかた変ですが、
市長とかね、商工会議所の会長とか、みんな全部一生懸命「立ち上げる会」というので、
一つ、本庄の方にですね、あの、これが、かだ由紀子と歩む会っていうのが、こちら(滋賀)で出来た。
それじゃあ本庄も、なんとか、何か作らなきゃと言うので、でも一緒には、歩めないよね。
滋賀県じゃないから。それで、あの、本庄からっていうのも、ちょっと狭すぎるよねというので、
「北関東から、かだ由紀子を応援する会」というのを作ったんです。(拍手)一口ですね。
申し訳無いんですが、一口ね、こちらが、5千円ですと、なんか、そうか、お金のことは言うなって言ってます(笑)。
一応会費を頂いてですね、やろうと。
それぐらいしか、私たち応援できないからって言うので。
ただ、かなりの人の、兄と私は下働きなんですけども、それなりの賛同者が、あの、集まって下さって。
あの、今、支えるのにね、微々たる、あの、力ですけれども、なんとか郷里からも支えたい。
直接支えて頂けるのは、皆さんしか無い。そして皆さんの、やっぱり滋賀県のためにね。
あの、私たちは、正直言って、寂しいのよね。ある意味ではね。
18で彼女は、郷里を出て、あの、女の兄弟二人だから、細々しい、いろんなぐちゃぐちゃした話もしたいんですけど、
そういうことは、今全然出来る環境に無いんです。
けれど、彼女はもうね、滋賀にね全部、どっぷり浸かって、もう郷里は、半分捨てちゃってるような感じよね。
ふふふ。
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知事:
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はい、もう今や、滋賀県民です。明らかに。はい。
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明堂:
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それでいいですけどね。
で、郷里の人は、みんなね、片思いなんですよね。
あの、片思いで応援してるという感じで、もう両思いは、
やっぱり滋賀県の人かなって言う、あの、感じなんですけど。あと…
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知事:
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でも、ありがたいです。
あのう、本庄の商工会議所の会頭が、会議所のニュースレターに、
「嘉田知事誕生、おめでとう。本庄から応援しているよ。北関東から、暖かい風を送るよ」
と言ってくれたのは、とってもありがたい。
で、そろそろ、あんまり長く喋れないんですが、
私は、実は、地域に奉仕する、あるいは、地域のことを考えるというのは、
うちの父から教わりました。父は、ほんとに朝から晩までも、
あっちの側溝が壊れたから作らなきゃいけないとか、砂利道が、
とか、それから、こう、バスで立って待ってる人がいると、
その人をわざわざ車に乗せて、送ってあげる人だったね。
あ、未だ生きてますから、あの、ほほほ(笑)
そういう、ほんとに人に面倒見がいい人。
そしてその人が、早稲田大学を誘致しようと、昭和35年くらいです。
それで、ゆうしょうじ山と言う山を、それこそ、400人ほど、えー、地権者がいるのを、夜討ち朝駆けで、
いわば交渉して、まとめて早稲田の当時大隈理事長のところに、総長の所でしょうか、大浜総長。売った訳です。
で、私たちは、子どもの頃、「本庄に早稲田大学が来る。あんたが、大学に行く頃は、早稲田にい行ける。」
と言われてたんですが、実はそのあと、早稲田大学は、所沢に土地を買うたんです。
本庄に来なかった。なんでかって言ったら、教授とかいろんな人たちが、交通が不便だ。
交通が不便って言うのは、本庄の人たちにとって、トラウマだったんですね。
それで、新幹線が、早稲田の山の横を通ったんですよ。あれは、昭和何年です?
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明堂:
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私の名刺にですね、バックが、あのう、今の新幹線の駅ができたとこなんですが、
新幹線のこれは、ただ絵だけですが、今は駅が出来ております。
で、ま、私の場合は、なんかね、マスコミでは、私は、大推進派でした。
たしか、これも、DNAなんですよね。
父が、ほんとに、早稲田早稲田って、夜討ち朝駆けやっていたのは、私も知ってましたんで、
これは、なんとしても、話が持ち上がったら、作らなきゃいけない。
チャンスの神様は、後ろ髪がないんだと。そう言うことで
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知事:
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なあに?チャンスの神様は、後ろ髪がない?
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明堂:
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チャンスの神様は、後ろ髪がない。
気がついたときには、もう遅いんだ。
もう、チャンスが来たら、前髪つかめって言うのが、父の、まあ、そういう思いもあったと思うんですが。
私も、それを受け継いでまして、一生懸命、陳情やら何やら行きました。
で、まああの、本庄の場合はね、これで、これはこれで、早稲田大学も大学院が出来まして、
良かったんですが、栗東にはなかなか。こちらも、栗東ですがどうですか?
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知事:
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本庄早稲田という新幹線の駅を誘致して、えー、2年前かしら、駅を作った。
姉は、平成16年、一方、妹は、反対する。
これ、何なの?というマスコミの興味でしたね。
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明堂:
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はい。はい。ずいぶん私も、言質を取られないようにですね、
面白おかしい話に仕立てあげられないように、テレビ局さんが来たときには、慎重にやりましたよ。
それで、私は、これは、ほんとの事だと思うんですが、
いろんな資料もお見せして、本庄と栗東の違いは、言わせて頂きました。
新幹線の新駅とか、陳情駅は、なんでも○ではないし、なんでも×ではない。
だからその辺はね、すごく単純化したがるんですよね。
それは、すごく危険なことで、やっぱり彼女に聞いたら、うーん、彼女の言ってるのは、当たってるな。
ま、正直言うわね。たいへんな財政難で、滋賀県もそんなようですが、どこの市町村もそうなんです。
じゃあ、これで、元が取れるのか取れないかという事は、やっぱりようく一個ずつ考えて、
あと、戦略、地域戦略が、どんだけあるかって言うので、やっぱり、それも問題なんだと、思うんですね。
だから、私は、あの、本庄の場合はね、これは、いけると。ほんと確かにいけてます。
大学も誘致出来ました。そして、人もたくさん、通勤通学新線という戦略なんです。
だから、ちょっとお金たくさん払っても、楽して東京に帰りたい人。平日の
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知事:
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在来線だと1時間40分かかるけど、新幹線だったら50分。それが、半分になるっていうのが…まあ
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明堂:
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座っていけるっていうのがいいんですよね。
これが、また。はっきり言って、もう麻薬と同じなんです。ふふ(笑)
ちょっと高いけど、あのね、これ乗っちゃうと、もう降りられなくなるのが、新幹線なんですが、
私は、栗東の場合、聞きたかったのは、どういう戦略ですか?通勤通学に使いますか?
観光に京都のように、どどっと人が来ますか?そこが問題だと思うんですね。
だから、投資対効果が、やっぱり一番大事で、あのう、お金を多く、そんだけかけるだけの、本庄は、全然安いですから。
115億5000万くらいで出来たんです。
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知事:
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あ、栗東の半分ね。
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明堂:
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半分。
でもちょっとそんなにかけちゃったら、どうしようも無いだろうな。
だってその、町もね、本庄と似たような規模なんですよ。だから、やはり自分の身の丈にあったお金勘定がね。
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知事:
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はい、と言うようなことで、そろそろ、時間で。
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明堂:
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すみません。
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知事:
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時間ですが、えー、私も、今日、姉と兄が来てくれまして、えー、そうですね、
ほんとに一番家族が、心配をして、最後の最後まで、出るな、出るなと毎日電話してきて、出るな、出るな
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明堂:
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ふふ。そうです。
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知事:
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自民党の推薦は?民主党の推薦は?と言うから、みいんなダメになったよって。
5月の、去年の5月の10日、11,12,ぐらいはもう、
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明堂:
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ええ。
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知事:
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知事 毎晩もう、
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明堂:
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真っ暗になりました。私も、目の前が。
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知事:
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でも、結果的には、あのう、ほんとに、皆さんに応援して頂いて、そして、またこれからですね。
1年、今日マニフェストの、結局、地盤も、看板も、そしてカバンもない人間が、
それこそ首長やらせて頂こうというのは、もうマニフェストなんです。政策なんです。
今日昼間の北川さんのあの、シンポの議論もありましたけど、それから逆に皆さんそれぞれに、
政策で戦ったら、ちゃんと見てくれる。それだけ日本の、ま、民度が高まったというか、
熟度が高まったという、それが、これからの
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明堂:
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そうですね。
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知事:
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でも、結果的には、あのう、ほんとに、皆さんに応援して頂いて、そして、またこれからですね。
1年、今日マニフェストの、結局、地盤も、看板も、そしてカバンもない人間が、
それこそ首長やらせて頂こうというのは、もうマニフェストなんです。政策なんです。
今日昼間の北川さんのあの、シンポの議論もありましたけど、それから逆に皆さんそれぞれに、
政策で戦ったら、ちゃんと見てくれる。それだけ日本の、ま、民度が高まったというか、
熟度が高まったという、それが、これからの
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知事:
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新しい地方自治の方向じゃないかなと思ってます。
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明堂:
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そうだと思います。私・・・
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